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函館 〜 大沼

北海道鉄旅 - 国鉄時代最後の冬 -

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昭和61年12月30日

大沼公園

函館本線路線図

函館本線路線図

青函連絡船十和田丸では室外デッキで青森港の風景を見たり、シャワー室を利用したりしたため仮眠時間は3時間以下だったと思う。
それでもカーペットが敷かれた船室は、ボックス席や駅待合室の椅子と異なり、体を横にできるだけでも有り難かった。出来ることならもっと長く乗っていたかった。

青函連絡船・函館本線 下り 時刻表

青函連絡船・函館本線 下り 時刻表

4:25に函館港青函連絡船到着。次の目的地である大沼への始発にはまだ時間があるので、駅待合室で仮眠。
6:14 函館発-長万部行きの639Dで大沼へ向かう。 

6:51 大沼駅に到着。 ここ大沼、小沼は国定公園に指定されている風光明媚な地で、駒ヶ岳をバックに撮れる有名撮影ポイントであった。
当日は残念なことに曇っており、駒ヶ岳がどこにあるのかも不明な状態であった。

 

下り 貨物列車

下り 貨物列車

この日の1本目のフィルムは露出設定をミスしたのか、現像した結果が思わしくなく、そのためその後の記録がおろそかな状態のままであった。 2022年になり35年前のことを調べ、列車を同定している次第である。

駅からの記憶はないが、写真から結氷した湖上から撮影したことは確かである。 それまで隣の大沼公園で下車したものと思い込んでいたのであるが、時刻表と雪上の足跡から大沼駅下車と断定できた。

特急 北斗5号

特急 北斗5号

キハ183系の7輌編成。最後尾の車輌以外はオリジナル色(国鉄特急色)であるのが見て取れる。

背後の山の雪形はスキー場だろうか。航空写真で調べてみると現在は森林に戻っているようだ。

625D キハ22 + キハ40

625D キハ22 + キハ40

 

625D

625D

 

時刻表 函館本線 上り 森〜函館 1987年1月

時刻表 函館本線 上り 森〜函館 1987年1月

キハ40

大沼公園駅に停車中のキハ40

654D うきうき号

654D うきうき号

筆者は「うきうき号」という名称を認識したのは、今回のページを作成するために当時の時刻表を開いたためで、撮影時は全く意識していない列車であった。 そもそも「うきうき号」は快速や急行という扱いではなく、あくまで普通列車なのである。

時刻表を判読するに、うきうき号とは函館と七飯ななえ間という短距離を結ぶ普通列車に付与された名称のようで、654Dのみ例外的に大沼公園発の列車であった。(大沼公園行の625Dに「うきうき号」の名称はない)

654D 後追い

654D 後追い

函館本線は大沼駅を過ぎると駒ヶ岳を避ける形で東西2本に分岐し、西側は大沼公園駅のある本線が、東側は後に増設されたバイパス路線砂原さわら支線がある。
急勾配を回避するための砂原支線であったが、優等列車が走ることはなく、この当時も専ら各駅停車が運行していた。

654D 後追い

644D 後追い

この撮影地はちょうどY字に分岐した直後の地点であったため、本線と砂原線の両方を捉えることができた。
確かな道などはなく、今なら少々問題になりそうなロケ地ではある。

キハ24

627D キハ24

これまでずっとキハ40だと思っていた写真である。 この度のページ作成にあたり写真を観察してみると、少し表情が異なることに気づき、キハ45系であることが判明した。
キハ40に比べ前面運転台窓および前照灯が相対的に低い位置にあり、雰囲気が異なる。

 

 
キハ45系

昭和30年代は一般型気動車としてキハ20系とキハ35系が製造されたのだが、キハ20系は乗降扉が狭く通勤ラッシュ時には問題があり、一方のキハ35系は3扉のため寒冷地では乗降時に外気が侵入し、冬季は不向きな車輌であった。

これらの欠点を打開すべく登場したのがキハ45系で、本州以南向けの車輌は乗降扉が両開きの1300mmと拡幅され、片運転台のキハ45、両運転台のキハ23、勾配線区用にはエンジンを2台搭載したキハ53が、北海道線区用には客室との間にデッキを介した片開きの乗降扉で設計された寒冷地仕様車には、片運転台車であるキハ46、両運転台のキハ24が登場した

写真のアングルでは片・両運転台の区別はできないが、配属地からキハ24と推定している。

快速せたな キハ22 330

3626D 快速せたな キハ22 330

この写真も今になってようやく同定できた列車で、快速「せたな」であることが判明した。
快速「せたな」は1987年3月まで存続していた国鉄瀬棚線の終点瀬棚駅から起点である国縫くんぬい駅を走行した普通列車が、長万部発の列車と併結する運用となっていた。
長万部発の列車は中ノ沢駅を通過する快速で、瀬棚線を走行しないにも関わらず出発時から快速「せたな」を掲げていた。
これはかつての急行「せたな」の時代も同じで、瀬棚線を走行する列車はあくまで普通列車であった。

3626D「快速せたな」は国縫駅で4946Dと併結する運用のはずであるが、写真はなぜか1輌のみで記録されている。 どちらかが運休したのだろうか。
 

瀬棚線路線図

瀬棚線路線図

この3ヶ月後には廃線となってしまう瀬棚線であったが、行き止まりの盲腸線は乗り鉄するには効率が悪く、走破を断念した経緯があり、今更ながら行っておくべきだったと後悔している。

瀬棚線 時刻表

瀬棚線 時刻表

盲腸線の終端部の方が列車の本数が多いという、特異な路線であったことが読み取れる。
瀬棚線時刻表詳細 >>  
 

時刻表 快速「せたな」

時刻表 快速「せたな」

特急 北斗7号

特急 北斗7号

キハ183 500 or1500番台スピードアップを目的にキハ183−0番台の登場から5年後の昭和61に登場した車輌。
軽量化や高性能エンジンが搭載された「新キハ183系」で、撮影はデビューして間もないときのものである。

国鉄特急色のキハ183

同列車 国鉄特急色のキハ183

キハ183 0番台
キハ183-0番台は、試作車であるキハ183-900番台を改良し昭和56(1981)年から20輌が製造された量産車であった。

カーブのアウト側からの撮影でやりがちなミス。 構えているときはなかなか良い構図だと思ってはいるものの、いざ列車が来ると車体自体で後部が隠れてしまった。 インから撮らなかったのは逆光を避けたためだったのだろう。

快速 ホワイトラビット キハ54 500番台

9141D 快速 ホワイトラビット キハ54 500番台

キハ54 500番台は北海道向けの耐寒仕様車輌で昭和61(1986)年に全29輌が製造された。
写真はデビューした年のものである。
写真を詳細に観察すると大型のヘッドマークが掲出されていることが見て取れる。

北海道の一般型気動車は今後はこの形式に置き換わるものだと筆者は思い込んでいたのであるが、その後追加新製されることはなかった。

キハ40 + キハ22 + キハ40

629D

キハ40 + キハ22 + キハ40 による普通列車3輌編成を再び全面結氷した湖上から撮影。 

この当時は大沼駅の近くには遊園地があったようで、写真の左側に遊具が写っている。

キハ40 + キハ22 + キハ40

629D

函館本線 下り 時刻表

函館本線 下り 時刻表

大沼付近での撮影を終え、12:44発の646Dで再び函館駅へ戻る。